カリブロ
先日テレ朝系の夕方のニュース番組「スーパーJチャンネル」を見てて知ったのだが、久留米では「カリブロ」という野菜が栽培されているらしい。
これがフラクタルな図形にしか見えなかった。
正直気持ち悪いが、でも同じくらいに数学的な美を感じた。
配列した蕾や円錐の数はフィボナッチ数に一致する(Wikipediaより)という。
カリブロは、イタリアなどで一般的にある野菜で「ロマネスコ」と言われているらしい。
久留米が「カリブロ」という名前で売っているだけ。
先日テレ朝系の夕方のニュース番組「スーパーJチャンネル」を見てて知ったのだが、久留米では「カリブロ」という野菜が栽培されているらしい。
これがフラクタルな図形にしか見えなかった。
正直気持ち悪いが、でも同じくらいに数学的な美を感じた。
配列した蕾や円錐の数はフィボナッチ数に一致する(Wikipediaより)という。
カリブロは、イタリアなどで一般的にある野菜で「ロマネスコ」と言われているらしい。
久留米が「カリブロ」という名前で売っているだけ。
THE DEGRADATION OF PREDICTABILITY — AND KNOWLEDGE
NASSIM N. TALEB
http://www.edge.org/q2010/q10_1.html#taleb
NNTはご存知ブラック・スワンの著者。
上の文章を和訳してみることにします。
色々誤訳やらあると思うので、そのあたりはコメント欄にお願いします。
コメントは承認制にしております、直ぐには表示されませんがご了承ください。
情報がホモ・サピエンス(訳註: 知恵のある人)を馬鹿に変えることが情報の持つ問題だ、と私は考えていた。
情報を得る結果、特にひどいノイズにくるまれた分野(疫学、遺伝学、経済学など)において、私たちは過度に自信を得る。
そのため、私たちは実際に知っているより多くのことを知っているという考えにたどり着き、そのため経済活動で馬鹿なリスクを取ってしまう。
私は(株式)取引を始めたとき、ニュースの量を減らすように取り組んだ。
その結果もっとクリアに物事が見られるようになった。
また、ランダム効果で誤魔化された不毛なニュースを基に、どのようにして人間が沢山の理論を形成するかを見てきた。
けれど事態はもっと悪い。
今私は情報の供給と広がりが世界を”果ての国”(Black Swan参照)に変えているとも思う。
インターネットは情報を人々に広げるから、相互依存、すなわち流行の悪化(ハリー・ポッターのようなベストセラーが生まれ、取り付け騒ぎが全世界的なものになる)がより起きるようになる。
そのため、世の中はより”複雑”で、もっと気分的で変わりやすい、ますます予測不可能なものになっている。
だから今の危険な状況を考えてみよう。
予測可能性が低まっているのに、(特にインターネットのおかげで)情報がより多くなり、それがもっと人間に自信をもたせ、自分が実際に知っているより知っているという幻想を強くするのだ。
2008年に始まった、この最近の経済危機を見てみよう。
2008年の時点で経済学者だと自称する人は地球上に100万人いた。
しかし、どれくらいの確率でどれくらい深刻なことがが起こりうるかを理解して、この危機から自分を守れた人はそのうち片手で数えられるくらいの人間しかいなかった。
歴史上、人類はこれほどの無知(予想の誤差という観点から容易に測れる)と知力の思い上がりを経験したことがない。
中央銀行総裁には債務水準(Debt level; 日本語わからん)といったバビロニア人(訳註: 1823B.C.-330B.C.と思う)でさえよく理解できるくらいに単純なリスクの物差しが全く欠如していた。
私は最近、賢明で博学な学者(めったにいないのだが)のジョン・エルスター(Jon Elster)と話をした。
ジョンは社会科学のテーマについて、キケロやセネカから、モンテーニュやプルーストに至るまで過去2500年の資料の中から著者の洞察をまとめている。
どのようにしてセネカが失ったことに対して抱く嫌悪感を洗練された方法で理解をしているかを彼は教えてくれた。
私はインターネットに使った時間を後悔していた。
家につくとすぐに、郵便の中にHuetianaと呼ばれたピエール=ダニエル ユエ主教によって書かれ、死後の1722年にファンによって編集されたたくさんの随筆があるのを見つけた。
ユエの死後4世紀というとても近い時期に生まれ、彼の死語書かれた文章で(訳注:推定;フランス語の)読み方を習っておきながら、ユエより私の知恵がそんなに進んでいるわけではないと知ってとても悲しかった。
近代人の上端は、古代人の中で近代人相当の知恵を持つ人と同じくらい頭が悪いのだ。
たとえ何か張り合うものがあったとしても、全然洗練されていないものだろう。
それで、世界を少しでもよく理解するため、私はインターネットの減量に取り組んでいる。
それに経済政策を決める人たちはまた恐ろしい間違いをすると私は確信している。
とはいえ私は完璧にインターネットから離れるわけではない。
厳格な配給制にして、とても過酷な減量をするだけだ。
確かに、技術はこの世界の最も素晴らしいものだ。
しかし、技術にはかなり巨大な副作用がある- そしてほとんどの人がこの先何があるかを予測することはできないだろう。
ほとんど情報に汚染されることなく静かな書斎にこもって時を過ごすから、私は自分の遺伝子と合致していると感じることができる。
私は自分の成長がまた感じられるのだ。
下記原文
NASSIM N. TALEB
Distinguished Professor of Risk Engineering, NYU-Poly; Principal, Universa Investments; Author, The Black Swan
THE DEGRADATION OF PREDICTABILITY — AND KNOWLEDGE
I used to think that the problem of information is that it turns homo sapiens into fools — we gain disproportionately in confidence, particularly in domains where information is wrapped in a high degree of noise (say, epidemiology, genetics, economics, etc.). So we end up thinking that we know more than we do, which, in economic life, causes foolish risk taking. When I started trading, I went on a news diet and I saw things with more clarity. I also saw how people built too many theories based on sterile news, the fooled by randomness effect. But things are a lot worse. Now I think that, in addition, the supply and spread of information turns the world into Extremistan (a world I describe as one in which random variables are dominated by extremes, with Black Swans playing a large role in them). The Internet, by spreading information, causes an increase in interdependence, the exacerbation of fads (bestsellers like Harry Potter and runs on the banks become planetary). Such world is more “complex”, more moody, much less predictable.
So consider the explosive situation: more information (particularly thanks to the Internet) causes more confidence and illusions of knowledge while degrading predictability.
Look at this current economic crisis that started in 2008: there are about a million persons on the planet who identify themselves in the field of economics. Yet just a handful realized the possibility and depth of what could have taken place and protected themselves from the consequences. At no time in the history of mankind have we lived under so much ignorance (easily measured in terms of forecast errors) coupled with so much intellectual hubris. At no point have we had central bankers missing elementary risk metrics, like debt levels, that even the Babylonians understood well.
I recently talked to a scholar of rare wisdom and erudition, Jon Elster, who upon exploring themes from social science, integrates insights from all authors in the corpus of the past 2500 years, from Cicero and Seneca, to Montaigne and Proust. He showed me how Seneca had a very sophisticated understanding of loss aversion. I felt guilty for the time I spent on the Internet. Upon getting home I found in my mail a volume of posthumous essays by bishop Pierre-Daniel Huet called Huetiana, put together by his admirers c. 1722. It is so saddening to realize that, being born close to four centuries after Huet, and having done most of my reading with material written after his death, I am not much more advanced in wisdom than he was — moderns at the upper end are no wiser than their equivalent among the ancients; if anything, much less refined.
So I am now on an Internet diet, in order to understand the world a bit better — and make another bet on horrendous mistakes by economic policy makers. I am not entirely deprived of the Internet; this is just a severe diet, with strict rationing. True, technologies are the greatest things in the world, but they have way too monstrous side effects — and ones rarely seen ahead of time. And since spending time in the silence of my library, with little informational pollution, I can feel harmony with my genes; I feel I am growing again.
もう一昨年になるか、2008年に「東大合格生のノートはかならず美しい」が刊行され、一時ブームになった。
ドット入りの横罫ノートがKOKUYOから大々的に売られ始めたのはちょうどその頃。
現在東大に通っている友達は数人いるが、そのノートが必ず綺麗か、と言われたら全然そうではない。頭が切れるし、ちゃんと物事が彼らの頭の中で構築されているのは間違いないが。
そんな批判をしながら、このノートを使うことはなかった。
100円ショップで買える、5mm方眼のA4のレポートパッドを横にしてメモをとりながら、講義は聞いている。
最近Loftなどに行って、コーネル メソッド ノートなるものが売られているのを目にした。
何だろうと思い、ポップを見てみると、ノートが予め3つのゾーンに区切られているという。

(画像はGakken Sta:Fulより。)
一つ目のゾーンは板書をするため。
二つ目のゾーンは質問など思いついたことを書き留めるため。
三つ目のゾーンはその後復習したときに考えたことを書き留めるため。
と三つに分かれている。なるほどこれはいいかもしれない。
というのも講義中に質問を思いつくことが多いので、それをどう書き留めるか悩みどころだからだ。
確実に東大合格生のノートよりこちらのほうが役に立つだろう。
というわけで、早速買ってみた(嘘)
これはExcelで普通に出力できるな、と考え買わなかった。
A4の方眼レポートパッドを区切るでも正直できるし。
で、ネットで探したらいくつかのツールが見つかったので紹介。
The Cornell Method PDF Generator
使い方としては、下にあるボックスで条件を指定。

Name(名前), Class Name(講義の名前), Date(日付)は必要ならば入れる。
日本語は非対応で、右上の隅にClass Name, Name, Dateの順で表示されます。
Ruled=横罫、Graph=方眼、Blank=無地。これらでノートエリアのデザインが選べます。
ちなみにキーワードエリア、サマリーエリアは無地。
Ruled, Graphを選ぶと1 inchにどれだけの数の線を引くか聞いてくるので入力します。
1 inch=25.4 mmなので、5mm方眼にしたければ5と入力、4mm方眼は6.3などと入力。
いくつ穴をあけるかを選択。

Show Advanced Optionsを選ぶと、用紙のサイズや罫線の色などが選べます。
基本はPrint one page onlyですが、
Print Double sidedで両側に綴じ代があるような紙が出力。
Do it up Ted Styleで2枚目に縦の罫線のあるのが出力。
下の明度のガイドを見て、線の色を決定。
Submitを押して、pdfが出力されます。
ちゃんちゃん。
Cornell Word Templatesではコーネル式ノートをどうやったらWordで作れるかが紹介してあり、Wordのテンプレートがダウンロードできる。
一番下の
Our Pre-built Word Template for Cornell Notes
で横罫6mmのノートがダウンロード可。
ちなみに、Excelで作ろうとすると、幅5mm=25.00(205ピクセル)で指定するといいよう。
2007ならルーラーのcm, mm指定ができるらしい。→こちら
あるいは、アドインを導入する手もあり。→Excelセンチ単位
私はWordやExcelでコーネル・メソッド・ノートを作ろうとしたけれど(どちらも試してみた)、プリンタの余白の部分という制限のせいで、いいものはできなかった。
綴じノートを買ってもどうせ講義には使わないので、明日からも私は100円ショップのレポートパッド。
コーネル・メソッド・ノートは、それ以外のまとめノート用に使ってみるかも。
Powerpoint2007を使っている人のためのtip.
単純に私が知らなかっただけですが、そういう人、多いと思います。
プロジェクターを繋いでプレゼンをする、という機会は巡ってくるはず。
そのときに、このスライドのときはこれを言う、というノートを書き込む人がいると思う。
でもF5ボタンを押すとその文字が見えなくなる、という経験のある人は多いはず。
実はそのノートを画面上に出すことができるんだけれど、昨日まで知らなかった。
Macでプレゼンしてる人はよく使ってて、「あ、いいなぁ」と思ってたんだけれど、そのメモ機能はOffice for mac専用ではなかった。
手順はこちら。
まずは外部モニタ(プロジェクターとか)と接続する。
PowerPoint 2007のプレゼンテーションタブを開く。
そうすると、発表者ツールを使用する、ってボックスがあるからそれにチェック。

それから「最初から」を押すなりF5を押すなりで、プレゼンテーションを始める。
そうすると、こんな感じになってもう無敵w

Officeのヘルプに載ってましたけどね。
Eee PCをモニタにつないで、ツイン画面にして検証してみたけどできなかった。
けど、設定を別のにしたらできた。ただ、自分のはキー設定とか妙ちくりんなことになっているのであまり参考にせぬよう。
プレゼンテーションに関しては、渡辺千賀さんのOn Off and Beyondのこのエントリーが素晴らしかった。
プレゼンテーションの基本は落語と一緒。枕をちゃんと置いて、それから聞き手の方を向いてしゃべる、ということが大事だと思う。
11/01/10追記
モニタにつないで、色々いじくったらちゃんと出力されました。
下記のようにしたら良いよう。
1. 外部モニタを拡張デスクトップとして認識させる
2. 「発表者ツールを使用する」にチェック
3. 「発表者ツールを使用する」のすぐ上の「プレゼンテーションの表示先」で外部モニタを選択。
4. それからプレゼンテーションを始める
新年明けましておめでとうございます。
2010年代という、New Decadeに入ったわけだ。
2000年の時はNew Centryということで盛り上がったけれど、今年はそうでもないみたい。
失われた20年、もっと続きそうなのが怖い。
今日初詣に行ったが、和装の人を1人しか見かけなかった。
実家に帰ってのんびりグダグダ過ごす正月。
ひとまず今年の位置づけ、何をするかを明確にさせていないのでそれをやらねばと思っている。
私はtwitterを使っているが、それをGTDに応用できないか、と昨日考えた。
アイディア自体は2ヶ月くらい前からあったのだけれど、どのようにやるかを思案していた。
全部晒すのはしたくないし、ダイエットをやるにも体重を公開するのは心持ちが良くない。
というわけで、昨日解がわかった。
これをGTDTと名付けたい。
Getting Things Done using Twitter
と仮にしておこう。
で、その方法はこちら。
で、非公開のアカウントを使っていく上でのポイント。
では皆様今年も素敵な年にしましょう。
使う人はGTDT使ってね☆